› 和田地区商店会情報。 案内役は会長牧野です。 › 和田地区の風景2008年09月21日
松並木の面影
今日、行われる予定だった、和田東小学校校区の運動会は、朝の雨で、来週に順延になりました。来週は、がんばって、
ところで、加盟店のかどやの看板おばあちゃんが亡くなられました。明日、お葬式です。
私達が子供の頃,まさにお宮の交差点の角(かど)でやっていた頃からの、名物おばさんでした。残念です。
さて今日の写真は、

浜松から、中野町への旧東海道沿いには、今も所々に松並木の面影が、残っているところがあります。
写真は和田小学校の前です。
最後に、先日、来週から、一軒ずつ、詳しい紹介をすると書きましたが、27日に商店会の総会がありますから、その時に皆さんの意見を聞いてから始めたい思います、準備は始めていますからもう少し待って下さい。
で、明日は、何を書こうかな~
では、また、よろしく。
続きを読む
ところで、加盟店のかどやの看板おばあちゃんが亡くなられました。明日、お葬式です。
私達が子供の頃,まさにお宮の交差点の角(かど)でやっていた頃からの、名物おばさんでした。残念です。
さて今日の写真は、
浜松から、中野町への旧東海道沿いには、今も所々に松並木の面影が、残っているところがあります。
写真は和田小学校の前です。
最後に、先日、来週から、一軒ずつ、詳しい紹介をすると書きましたが、27日に商店会の総会がありますから、その時に皆さんの意見を聞いてから始めたい思います、準備は始めていますからもう少し待って下さい。
で、明日は、何を書こうかな~
では、また、よろしく。
2008年09月22日
松並木を写真に撮ってきました。
昨日、前に撮った松の写真を載せましたが、今日は、天竜公民館から浜松アリーナまでの間にある松の写真を撮ってきました。









.



昨日、のページには、和田小学校の前の松並木が一番良く残っている所を斜めから撮った写真がのせてあります。
上の写真は全て道の南側で北側は、浜信天竜川店前にある下の写真の2本だけでした。


ではまた、よろしく。
続きを読む
.
昨日、のページには、和田小学校の前の松並木が一番良く残っている所を斜めから撮った写真がのせてあります。
上の写真は全て道の南側で北側は、浜信天竜川店前にある下の写真の2本だけでした。
ではまた、よろしく。
2008年09月30日
和国道の標識
今日から、お店の紹介を再開できたらと、統一した、雛形つくりをしていますが、なかなか、上手く行きません。
なので、もう少しだけまってください。

昨日、運動会の帰りに、天竜中学校の南側にありました。
何年か前、浜松市内の昔から愛称のある通りに建てたようです。
県道、中野 子安線より南にある天竜中学校、和田東小学校の南を通る和田町から国吉町に通じる道です。
あっち、こっちにありますから、校区内にどれだけあるか、写真に集めてみようかな。
続きを読む
なので、もう少しだけまってください。
昨日、運動会の帰りに、天竜中学校の南側にありました。
何年か前、浜松市内の昔から愛称のある通りに建てたようです。
県道、中野 子安線より南にある天竜中学校、和田東小学校の南を通る和田町から国吉町に通じる道です。
あっち、こっちにありますから、校区内にどれだけあるか、写真に集めてみようかな。
2008年10月01日
明日から、お店の詳しい紹介を始めます。
ようやくお店紹介の準備が出来ました。明日、もう一度、細かいところを確認してから、掲載を始めたいと思います。
本当は、すぐ、載せようと思ったんですが、月末で、遅くなったし、・・・まあ、明日のお楽しみに
明日、明後日で、まず、私の店玉川洋品から始めようと思います。よろしくどうぞ。


和田小学校の前の松並木の歩道にある小さな石灯籠です。続きを読む
本当は、すぐ、載せようと思ったんですが、月末で、遅くなったし、・・・まあ、明日のお楽しみに
明日、明後日で、まず、私の店玉川洋品から始めようと思います。よろしくどうぞ。
和田小学校の前の松並木の歩道にある小さな石灯籠です。
2008年10月09日
和田商店会近隣の夜
連日のように、ノーベル賞受賞者が、でて、日本の科学者もたいしたもんですね。
さて、今日は、水曜日、定休日にしているお店も多い日ですが、酒屋と、地元の居酒屋さんなどは、昔ほどとは行かないまでも、お祭り前で、忙しいようです。私も半分お祭りモードで、帳面付けや、ブログの準備などが、滞りそうです、
今日は写真をどうしようか、ちょっと考え、夜の通りの様子はどうかなと写真に撮ってみました。
水曜日と言うことで、開いているお店は少ないですが、夜7時過ぎまでは、昼間より、車どおりが多いくらいです。
人は、ほとんど歩いていませんが、


こうしてみると、商店の減少で、道の両側にあった街路灯がずいぶん減りました。
続きを読む
さて、今日は、水曜日、定休日にしているお店も多い日ですが、酒屋と、地元の居酒屋さんなどは、昔ほどとは行かないまでも、お祭り前で、忙しいようです。私も半分お祭りモードで、帳面付けや、ブログの準備などが、滞りそうです、
今日は写真をどうしようか、ちょっと考え、夜の通りの様子はどうかなと写真に撮ってみました。
水曜日と言うことで、開いているお店は少ないですが、夜7時過ぎまでは、昼間より、車どおりが多いくらいです。
人は、ほとんど歩いていませんが、
こうしてみると、商店の減少で、道の両側にあった街路灯がずいぶん減りました。
2008年10月19日
竜光町のお宮の風景
先日後日と書いた秋祭りの竜光町の様子ですが、お願いした方が写真を撮り損なったと言うことで、
残念ですが、竜光の普段の、お宮の写真を載せます。来年は、祭りの写真を載せたいと思います。

神明神社です。
隣の建物には社務所と、竜光町集会所、老人憩いの家の3枚の看板が掛かっていました
裏には、屋台小屋がありました。

北側には、広い、遊具のある広場があり、赤ちゃんをベビーカーに乗せお散歩に来ていた奥さんが居て、「静かで、良い所です。」と言っていました。続きを読む
残念ですが、竜光の普段の、お宮の写真を載せます。来年は、祭りの写真を載せたいと思います。
神明神社です。
隣の建物には社務所と、竜光町集会所、老人憩いの家の3枚の看板が掛かっていました
裏には、屋台小屋がありました。
北側には、広い、遊具のある広場があり、赤ちゃんをベビーカーに乗せお散歩に来ていた奥さんが居て、「静かで、良い所です。」と言っていました。
2008年10月25日
商店の街路灯です。
玉川洋品の看板の付いた、街路灯です。ずいぶん昔に、補助金を貰って商店会が仲介し建てたものです。子供の頃は、違う形のものだった記憶がありますから、昔は、一定の期間ごとに建て直していたようです。
10年ほど前までは、天竜川駅の南北の通りに、130本以上ありましたが、商店や、企業がどんどん減り、そのたび、撤去され、かなり寂しくなってきています。
2008年10月26日
再び法橋の松です。
前に、載せた法橋の松の写真は、携帯で撮ったものだったので、差し替えようと改めて写真を撮りに行きました、そうしたら、隣の家が無くなったためか、道路側からも樹の南側の様子が見え、北側は、火事で焼けて、朽ち果てた感じがあるのに南側は青々と茂っている様子が確認できて、おどろいたので、ここに、掲載します。

こんな風になっても、半分は、元気だなんて、すごい樹ですね。


北側からの写真です。 南の民家越しに見える松の様子です。
続きを読む

こんな風になっても、半分は、元気だなんて、すごい樹ですね。
北側からの写真です。 南の民家越しに見える松の様子です。
2008年10月27日
魔の交差点です。
今日は、天竜川駅の近くへ、いらっしゃる時には、ぜひ、安全に気をつけていただきたい場所を、ひとつ紹介します。
それは天竜川駅前通りと国吉街道が交差する交差点で、和田地区の中で最も事故の多い交差点のひとつです。


駅前通りです。 交差する国吉街道です。
どちらも、ほぼ、同じ道幅で交差していて、車どおりも結構ありますが、信号機がありません。

和国道側には、一旦停止の標識が、駅前通り側には、和国道側に車が来ると写真の様に”交差車両接近”の表示が出ます。
駅前どおりの、駅から、信号機のある交差点の間にあります。
過去には、何度も、人身事故もあり、私達も歩いていても、気を使う場所です。
続きを読む
それは天竜川駅前通りと国吉街道が交差する交差点で、和田地区の中で最も事故の多い交差点のひとつです。
駅前通りです。 交差する国吉街道です。
どちらも、ほぼ、同じ道幅で交差していて、車どおりも結構ありますが、信号機がありません。
和国道側には、一旦停止の標識が、駅前通り側には、和国道側に車が来ると写真の様に”交差車両接近”の表示が出ます。
駅前どおりの、駅から、信号機のある交差点の間にあります。
過去には、何度も、人身事故もあり、私達も歩いていても、気を使う場所です。
2008年11月06日
JR天竜川駅の南北を繋ぐ歩道橋です。
JRの天竜川駅の写真です。
ご存知の方も多いと思いますが、JRの線路を挟んで南側へ、あるいは南側から北側へ歩いて行くには、現在、歩道橋を渡るか東へ大回りして竜光の踏み切りを渡るしかありません。
おっと、少し西側の陸橋道路の歩道を歩いて渡る方法もありますが、これはなかなか大変で私でも息が切れます。
この歩道橋は、以前踏切があったときに比べ、距離も長く、上がり下がりがあるためとくに、年配の方には大変で、不便だと長年の懸案になっています。
現在、駅の橋上化が検討されていて、その中でも、検討されていますが、なかなか、いい方法が無いようです。
駅の高架化も検討したことがあるそうですが、JRの上を国道1号線が走っているため、無理だと言っていました。
2008年11月16日
浜松市東消防署
先日、和田交番を紹介しました。今日はその北隣にある浜松東消防署です。


指令者、救急車、救助工作車、科学消防車、はしご車などが止めてあるのが写っています。
私が浜松市消防20分団に入っていたときは、この東署の建物の中に、分団室があり、ポンプ車も一緒においてありましたが、やめる前の年に南側に消防団の庁舎が建てられ1年だけそこにも通いました。
朝、静岡銀行へ行くのに歩いて前を通ると、隣の20分団の庁舎を火点(消防では、出火場所をこう言います。)に見立てて、はしご車ではしごを分団の鐘楼(時代劇によく出でてくるカンカンカンのあれです。消防のシンボルとして付けられているようです。)に伸ばし救助訓練などをしているのを、よく見ます。
続きを読む
指令者、救急車、救助工作車、科学消防車、はしご車などが止めてあるのが写っています。
私が浜松市消防20分団に入っていたときは、この東署の建物の中に、分団室があり、ポンプ車も一緒においてありましたが、やめる前の年に南側に消防団の庁舎が建てられ1年だけそこにも通いました。
朝、静岡銀行へ行くのに歩いて前を通ると、隣の20分団の庁舎を火点(消防では、出火場所をこう言います。)に見立てて、はしご車ではしごを分団の鐘楼(時代劇によく出でてくるカンカンカンのあれです。消防のシンボルとして付けられているようです。)に伸ばし救助訓練などをしているのを、よく見ます。
2008年11月28日
昨日は、寝てしまいました。
昨日は、気が付いたら1時を過ぎていたので、ブログを書かずに寝てしまいました。
そしたら今日、昨日、ブログ書いてありませんでしたね。と言われました。
イヤー、参りました。でも、読んでいてくれる人が居ると思うとうれしいですね。

浜松市消防20分団の庁舎です。東消防署の南にくっついて建っています。
安全措置の発達等で、火事が少なくなったとはいえ、万一大火のとき、地震の時、消防団は絶対に必要です。
20年以上前、私が住んでいた伊東の中心商店街が、火事で燃えた時、2台の消防車で消すことが出来ず、隣町からの応援の消防車が駆けつけるのに、40分かかったために、40軒以上の商店が焼けました。
商店会の会員には、元消防20分団員が大勢居ます。とくに、一幸さんのご主人と、おくやのご主人は、分団長までやりました。
私玉川洋品、金原酒店のご主人、山田酒屋さん、いそべさんもやっていました。
私達がやっていた10年ほど前までは、分団員の半数以上が自営業者でしたが、今はほとんどがサラリーマンだそうです。
今日の中日新聞に、浜松市役所職員で、消防団に入っている人の数が少ないと記事になっていましたが、20分団には、私が、在籍していた時からの市役所の職員の団員がいます。
続きを読む
そしたら今日、昨日、ブログ書いてありませんでしたね。と言われました。
イヤー、参りました。でも、読んでいてくれる人が居ると思うとうれしいですね。
浜松市消防20分団の庁舎です。東消防署の南にくっついて建っています。
安全措置の発達等で、火事が少なくなったとはいえ、万一大火のとき、地震の時、消防団は絶対に必要です。
20年以上前、私が住んでいた伊東の中心商店街が、火事で燃えた時、2台の消防車で消すことが出来ず、隣町からの応援の消防車が駆けつけるのに、40分かかったために、40軒以上の商店が焼けました。
商店会の会員には、元消防20分団員が大勢居ます。とくに、一幸さんのご主人と、おくやのご主人は、分団長までやりました。
私玉川洋品、金原酒店のご主人、山田酒屋さん、いそべさんもやっていました。
私達がやっていた10年ほど前までは、分団員の半数以上が自営業者でしたが、今はほとんどがサラリーマンだそうです。
今日の中日新聞に、浜松市役所職員で、消防団に入っている人の数が少ないと記事になっていましたが、20分団には、私が、在籍していた時からの市役所の職員の団員がいます。
2008年12月03日
公園の風景
昨日のJR天竜川駅橋上化推進の要望、中日新聞と静岡新聞に載っていました。市民の皆さんの関心が高まってくれればありがたいです。まだまだこれからですので、皆さんからご意見があればぜひ、お寄せください。


JR天竜川駅を北へ行った最初の信号の角の公園で今日撮りました。続きを読む


JR天竜川駅を北へ行った最初の信号の角の公園で今日撮りました。
2008年12月04日
橋羽郵便局です。
橋羽の郵便局です。
県道子安・中野線沿いで、丸善文具さんの向かい側にあります。
以前は東郵便局が東消防署の前にありましたが、移転したため、ここに橋羽の郵便局が出来ました。
局長さんをはじめ、皆さん大変気さくな方で、いつも賑わっています。
郵便局は実は紹介しようと、最初の頃写真を撮ったことがあります。そうしたら、真っ赤な写真に成っていてカメラを修理に出したりしていたら、載せそびれてしまっていました。
この写真は、昨日撮りに行きました。そうしたら、公園の紅葉が綺麗だったので、昨日はそちらを載せました。
2010年05月19日
(金原)明善記念館
明善記念館
連休前の、日曜日に、安間町にある明善記念館をのぞいてきました。
ご存知の方も多いと思いますが明善とは、金原明善のことで、彼は暴れ天竜(川)と言われ多くの水害を引き起こしていていた天竜川の治水を政府が十分に動かないので不足を私財を投げ打って、まさしく命がけで行ったことで知られる明治の豪農の事業家です。
前から、紹介したいと思っていましたが、少し前、新聞で明善記念館が老朽化のため解体が検討されていると言う記事を見て、気になって行ってきました。
まずそのことを館の方にお聞きしたところ、建物は築50年ということで、解体し駐車場にしてはと言う話もあったそうですが、鉄筋の建物で、展示部分だけが一部2階という構造なので、もうしばらくは今の建物に手を入れて展示していくことになったそうです。
金原明善の生家
それよりも、記念館の道を隔てた北側にある金原明善の生家が老朽化が進んだのと耐震化のため全面的に解体修理されるそうです。
まだ行ったことがない方は、今の内に、ぜひ生家を見に行かれると良いすよ。
解体修理は、かなり時間が掛かるようです。
修理が終わったら記念館の展示の一部が、生家の方に移されるそうです。
また生家と記念館の前の旧東海道も整備されるそうで、その間は来てくださる方にご迷惑をおかけしますがと言っていました。
金原明善の生家は、暴れ天竜と言われた当時の天竜川が氾濫し水に浸かったときに備え、2階建てになっています。
その当時の天竜川は、氾濫すると、今の天竜川町や和田町までも水が来るまさしく暴れ川だったそうです。
明善翁(おう)が生前に使われていた鞄や足袋など身の回り品や、手紙や写真、手広く行っていた事業の関係書類などが展示され、明善翁は、いつも箸を持ち歩き割り箸を使わなかったなど、興味深い記述もいろいろありました。
場所は、浜松から浜松アリーナの前の旧東海道(152号線)を東へ天竜公民館を超えて安間川を渡ってすぐ2つに分かれる南側の旧道を100mほど行ったところです。


